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図書館ホーム > 仲町つれづれバックナンバー > NO.1~NO.16(2006.12~2007.1)

仲町つれづれNO.1~NO.16 ~佐倉図書館通信

                                            
仲町つれづれNO.16 2007年1月31日(水)
WBのVol.8、配布中

WBの第8号が届きました。WBとは「WASEDA bungaku FreePaper」で、
日本語による文学・哲学・芸術表現の普及をめざすフリーペーパーとのこと。
表紙には「Wonderful BUNGAKU」との表記もあります。
休刊中の雑誌「早稲田文学」と同じ編集室により、2ヶ月ごとに発行されています。
当館でも、自由配布しております。在庫がなくなり次第終了となりますので、
興味のある方は、お早めにお持ちください。また、早稲田文学編集室のサイトでも、
内容を見ることができますので、そちらも覗いてみてください。

       
仲町つれづれNO.15 2007年1月26日(金)
鰻を食べて、精をつける

この地域の美味いものと言えば、鰻料理を挙げることができます。図書館の裏通りには老舗の料亭があり、そこの箸袋には鰻をあしらった絵が使われています。鰻はスタミナ食として知られていますが、思い出されるのは日本の代表的な歌人、斎藤茂吉のことです。
茂吉の長男である斎藤茂太さんは、昨年の11月20日に90歳で亡くなられました。昭和61年頃だと思いますが、新宿区大京町の病院を訪ねたことがあります。当時佐倉日蘭協会の設立の仕事をしており、顧問として協力してほしい旨をお願いに伺ったのです。当時の斎藤茂太さんは斎藤病院の院長としてだけではなく、いろんな要職にあり、精神科医の第一人者としても大変忙しい人でした。
その時に茂太さんから「茂吉は鰻が大好きだった」という話を聞きました。その偏執ぶりには息子たちも相当あきれ果てていたようです。詳しくは、『茂吉の体臭』(岩波書店、1964年)、茂太さんと弟の北杜夫の『この父にして』(毎日新聞社、1978年)をご覧ください。

茂吉にとって、鰻の蒲焼は大好物というだけでなく、時に覚せい剤的であったり、下痢止めであったりしたようです。「嗜好の範疇をとうに超えた、信仰ともいえる執着ぶり」であったことが、日記等からも伺うことができます。では、茂吉は生涯で鰻を何尾食べたと思いますか?
茂吉の日記から、茂吉が鰻を食べた回数を調べ上げた本があります。『茂吉と鰻』(林谷廣、短歌新聞社、1981年)によると、なんと902回。日記を書かない日もあったので、おおよそ1、000尾食べたのではないかとのこと。茂吉が鰻好きになったのは44歳で、晩年の3年間に食べたのは僅か13尾だったそうです。そうすると、24年間で食べた計算になり、平均では1年に1ヶ月半ずつ食べていたことになるそうです。『賢者の食欲』(里見真三、文藝春秋、2000年)および『斎藤茂吉全集』(全36巻・岩波書店)を参考にしてください。

閑話休題1。雑誌『中央公論』に「遺書、拝読」という頁があります。今年の2月号で斎藤茂太さんの『長男の本-みんな元気に蘇れ』という本が紹介されています。この本は、昭和55年9月に発売され、たちまちベストセラーになったそうです。「長男には長男の生き方がある」で始まるこの本には、茂太さん自身の長男としての来し方が具体的に書かれています。
著者の提言――長男が親をどう扱うかによって、親も満足な余生が送れるかどうかが決まるのである。「後は長男に任せておけばよい」親にそう思わせるのが長男の役目でもあるのだ。――

閑話休題2。茂太さんの姪、北杜夫の娘である斎藤由香さんも、会社勤務をしながら、本を書いています。『窓際OLトホホな朝ウフフの夜』(新潮社、2004年)、『モタ先生と窓際OLの人づきあいがラクになる本』(集英社、2006年)など。
仲町つれづれNO.14 2007年1月24日(水)
映画化、続々

最近、若い作家の小説やコミックの映画化が多く、今年もすでに20本は公開予定、といわれています。それがまた日本映画界に、よい影響を与えているようです。
今年に入ってから、直木賞作家・藤田宜永さんの作品『子宮の記憶・ここにあなたがいる』(講談社)、瀬尾まいこさんの吉川英治文学新人賞の受賞作『幸福な食卓』(講談社)の映画化された作品を見ました。いずれも、今の崩壊日本の諸相を反映しているような感じで、映画そのものも丁寧に作られており、よく出来た作品でした。
『子宮の記憶・ここにあなたがいる』は、愛情の希薄な実母に育てられた少年が、以前自分を誘拐した女性に会いに沖縄へ旅をする、そして親子のような関係になっていく話です。『幸福な食卓』は「今日で父さんを辞めようと思う」という会話で始まります。母は家を出てしまい、兄がご飯を作り、妹が食卓に並べる。そして一緒にご飯を食べて一日が始まるというシーンが繰り返し出てきます。人はひとりでは生きられないもの、気づかないうちに守られている家族というコアが大事だということを、しみじみ感じた一時でした。
その他にも、過激な恋愛場面が多く新聞連載中から反響を呼んだ、直木賞作家・渡辺淳一さんの『愛の流刑地』(幻冬舎)、直木賞作家・桐野夏生さんのベストセラー『魂萌え!』(毎日新聞社)、双子の兄妹の「禁断の恋」を描いた青木琴美のコミック『僕は妹に恋をする』(小学館)等々、文学作品を基にした映画作品が、続々と公開されます。
原作と合わせて、楽しんでみてはいかがでしょうか。







仲町つれづれNO.13 2007年1月21日(日)
狂い咲き!?
小春日和に誘われ、健康増進と体力維持も兼ねて、昼の休憩時間を利用して散歩をしたのですが、近くの某公園で見つけました。寒桜、でしょうか?ほとんどの蕾は、まだ開いてはいませんでしたが、とはいえ、早過ぎです。これも地球温暖化の弊害のひとつ、でしょうか。

日頃より館内が寒いと、指摘されます。施設が古く、設備の不調が原因ということもありますが、ISOによる室内温度の設定を遵守しているから、でもあります。
しかし、あまりにも寒すぎるという場合は、手動で温度調整をしますので、どうぞ遠慮なく職員まで声をかけてください。よろしくお願いします。
仲町つれづれNO.12 2007年1月20日(土)
カウンターにて
図書館の本なのに、あまりにもひどい書き込みや落書きをされてしまった本が、年末から年始にかけて立て続けに発見されました。そのため、館内数箇所だけではなく、思い切って貸出返却カウンターの真ん前にも展示・掲示して、注意を促すことにしました。
一見すると挿絵のように見える落書きを見て、小学生がぽつんと言いました。「こんなに上手に書けるなら、画用紙に書けばいいのに」。
当たり前のことだからこそ、改めてしっかりと意識して考えていただきたいことです。
 
仲町つれづれNO.11 2007年1月19日(金)
ちびちびクラブが始まりました
年が明けて初めての、ちびちびクラブが行われました。(ちびちびクラブの概要については、こちらを参照ください。)
例年に比べて暖かい日が続いているとはいえ、やはり体調を崩してしまうことが多い冬ですが、寒さに負けない元気な親子が25組も集まり、会場は楽しく賑わいました。
 
今日のプログラム
『あめこんこん』ちいさいモモちゃんえほん 松谷みよ子/文 武田美穂/絵 講談社
『ちいさなねこ』石井桃子さく 横内襄え 福音館書店
『1、2、3どうぶつえんへ』 エリック・カール 偕成社
おうちで読んでみましょう(本の紹介)
『おしりがいっぱい 』藪内正幸さく 福音館書店
『ルウのおうち 』ちいさいモモちゃんえほん 松谷みよ子/文 武田美穂/絵 講談社
『ろせんばす』山本忠敬さく 福音館書店
『まる まる』中辻悦子 福音館書店
『ぼく おうちをつくるんだ! 』わたなべしげお ぶん/おおともやすお え 福音館書店
『しろくまくん なにが きこえる? 』エリック=カールえ ビル=マーチン ぶん 偕成社
『アンガスとあひる』マージョリー・フラック さく・え 福音館書店
あそび ☆おすわりや~す いすどっせ あんまりのったら こけまっせ☆
お子さんが、「よんで!」といったら、何度でも、よんであげましょう。大好きな絵本があることは、とても素敵なこと。大好きな親に読んでもらった、その心安らかな幸せな時間が、かけがえのない一生の宝物です。そんな記憶に残る絵本にめぐりあえますように・・・ 
仲町つれづれNO.10 2007年1月19日(金)
青山七恵さん、史上3番目の若さで芥川賞を受賞

恒例の芥川賞・直木賞の選考会が16日におこなわれ、第136回の芥川賞に、青山七恵さんの『ひとり日和』が選ばれました。作品は、「文藝」秋季号に掲載されています。
青山さんは、2005年に文芸賞を受賞した『窓の灯』(河出書房新社)でデビュー、今回の作品は2作目であり、綿矢りささん、金原ひとみさんに次いで、女性では史上3番目の若さでの受賞とのことです。
この作品は、20歳の女性が主人公で、若い人の切ない生活実感が伝わってくるものです。その筆力が評価され、それも圧倒的な票での受賞だったとのこと、大変すばらしいことです。
青山さんは、筑波大の図書館専門学群卒業ということですが、当館の先輩方も喜んでいます。おめでとうございました。

仲町つれづれNO.9 2007年1月16日(火)
新年の挑戦
新春の雅楽の調べとともに思い出されるのが、わが国の中古文学の傑作で、世界最古の長編小説ともいわれる『源氏物語』です。写真は、瀬戸内寂聴さんの『源氏物語』(講談社)の外箱<装画・石踊達哉>です。きれいなので再利用していて、たまたま手元にあったものです。
『源氏物語』は平安時代中期、紫式部によって書かれたものです。正直なところ、この王朝貴族の栄華物語を理解することは私にとっては大層難しく、全編読了していません。
折しも、年末から8日まで銀座の松坂屋で『石山寺と紫式部展』が開催されていましたので、足を運んでみてきました。『源氏物語』の世界を紹介する「紫式部図」、「源氏物語図屏風」など石山寺所蔵の関連資料が展示されていました。国宝「源氏物語絵巻」はありませんでしたが、鎌倉時代から近代にかけての絵画、屏風、工芸品などが並んでいて、結構賑わっていました。
『源氏物語』は、紫式部が石山寺に参詣して着想を得たといわれています。このことは、石山寺の様々な霊験伝説や、文人が石山詣と称し、こぞって訪れたことが関係しているようです。
この難解な物語の現代語訳に挑んだ主な文学者といえば、まず与謝野晶子(1912-13年、金尾文淵堂)、谷崎潤一郎(1939-41、51-53、64-65年、中央公論社)、円地文子(1972-73年、新潮社)、そして大ヒットした瀬戸内寂聴さんの『瀬戸内寂聴訳源氏物語』(1996-98年、講談社)があります。
いずれも、私の年代ではなかなか読みにくい「である調」や「ございます調」で、親しめないものでした。しかしながら「文豪と呼ばれるような大作家の心まで魅了しつくし、その大切な人生の何年かを虜にし、現代語訳に打ち込ますのだから恐ろしい力を持っている」(瀬戸内寂聴「わたしの源氏物語」1989年)とまでいわれるように、原文に魅力があるのです。また、数々の漫画本やドラマ、映画、芝居の原作にもなっています。
新年にあたり、志を高く古典に立ち返ってみることも大事かと思います。この機会に様々な『源氏物語』に挑戦してみてはいかかでしょうか。時を超えて、王朝気分に浸ってみることをぜひお勧めします。
*写真の題字は、国宝「源氏物語絵巻」より採られたもの、函表の絵は、石踊達哉の「有明月」(「橋姫」より)です。
仲町つれづれNO.8 2007年1月10日(水)
吉村昭さんの遺作「死顔」

佐倉に取材にきた作家の一人である吉村昭さんは、昨年7月31日に79歳で亡くなられました。私見ながら原稿の筆跡からも察せられように、徹底した資料調査と現地取材によって、『戦艦武蔵』、『破獄』など、たくさんの傑作を生み出されました。

文芸各誌で追悼特集が組まれましたが、『文藝春秋』10月号では夫人であり、作家の津村節子さんの「『お別れの会挨拶』全文―吉村昭氏の最期」が掲載されていました。それによりますと、「江戸時代の蘭方医佐藤泰然が、自らの死期の近いことを知って、高価な医薬品を拒み、食事もとらないで亡くなっていった」が、泰然の死生観を重ね合わせるかのように、「自分で自分の死を決めることが出来たということは、彼にとってはよかったことではないかと、今になって思っております」と書かれています。

遺作となった『死顔』は、『新潮』10月号に掲載され、昨年11月に単行本として刊行されました。そのなかで、当市で順天堂を開設した佐藤泰然のことに触れ、「その死を理想と思いはするが、医学の門外漢である私は死が近づいているか否か判断のしようがなく、それは不可能である」、泰然の死は「賢明な自然死であることには変わりはない」というように書かれています。
泰然の死生観を重ね合わせるように、吉村さんの最期は、尊厳死であったのです。 合掌


今月13日の午後、生まれ故郷である荒川区のサンパール荒川大ホールに於いて「吉村昭を語る」ー吉村さんを偲ぶ講演と鼎談が行われます。瀬戸内寂聴さん、津村節子さんらが語られることになっています。
仲町つれづれNO.7 2007年1月7日(日)
閑話休題~「丁亥」とは?
望 越人の書や館長の挨拶にあった「丁亥」という言葉(仲町つれづれNO.5とNO.6を参照。今年の干支がイノシシということは知っていましたが、さて、なんと読むのでしょうか?今ひとつ核心が持てず、そこは図書館に勤める身ゆえ、早速、調べてみました。

まずは、オーソドックスに漢和辞典を引いてみました。部首索引には、見当たらず。「丁」は部首ではないのか、と自分の不勉強さに挫けそうになりつつ、総画索引から、該当のページを引くと、音は「テイ」「チョウ」、名詞で「ひのと」という意味とあります。ざっと用例を見ても「丁亥」が見つからなかったため、国語辞典に切り替え、「ひのと」の項を引きました。やっと「丁亥(ひのとい、ていがい)」が見つかりました。さて、意味は・・・。

ちなみに、インターネットの検索サイトで「丁亥」と入力すると、あっという間に読み方がわかります。しかし「十干とは?」「陰陽五行とは?」と次々に疑問がわいてきて、思いのほか時間がかかりました。

年末に見た某TV番組で、ある小学校の、いかに早く辞書を引くことができるか、という授業の取り組みが紹介されていました。情報化時代ではありますが、とても貴重な取り組みのように感じました。
さて、ここで問題です。「丁」の部首は何でしょうか?皆さんの自宅に、漢和辞典や国語辞典がありましたら、ぜひ、引いてみてください。

読み方も意味もわかり、やれやれ、ちょっとスッキリした、と思いながら、ふと机上を見ました。そこには、年始の挨拶代わりの「イノシシのイラスト入りチョコレート」が置いてあり、包装パッケージに大きく「平成十九の干支は丁亥(ひのと い)です」とありました。答えは案外近くにあるものですね。
仲町つれづれNO.6 2007年1月5日(金)
新年にあたり~館長より

輝かしい新春を迎え、心からお慶び申し上げます。

 「年の名残も心ぼそけれ。・・・かくて明けゆく空の気色、昨日に変りたりとは見えねど、
  ひきかへめづらしき心地ぞする。
大路のさま、松立て渡して華やかにうれしげなるこそ、
  またあはれなれ。」 〈第19段〉       


吉田兼好の『徒然草』で描かれた、鎌倉時代の元旦の情景の一端です。ここに見られるように、
暮れの昨日と変わっているとは思えないけれども、
うって変わって心が、全ての生命が新たに
蘇ったような清新な心持がするものです。
時代は変わっても、正月を迎える気持は変わらないものです。
今でも、どこの家も、吉祥木である松でお祝いされていることと思います。
松は、風雪に耐え、四季を通じて鮮やかな緑を変えずに長命を保つので、古来より節操のある人や、
長寿のたとえにされています。
今年はまた、3日が満月にあたり、それは見事な正月の風景でした。

佐倉図書館は、今年から開館30年プラス1年目に入ります。
今年もよろしくお引き立てのほどお願い申し上げます。
   平成 丁亥 正月  
                      佐倉図書館 館長  蓑輪 正信

仲町つれづれNO.5 2007年1月1日(木)
2007年の幕開け
新年明けましておめでとうございます。

図書館も、31年目の新たなる幕開けです。
しかしながら、
「去年(こぞ)今年貫く棒の如(ごと)きもの」
高浜虚子の句にもありますように、
邁進してまいりたいと思います。
今後とも、よろしくお願いいたします。

佐倉図書館 職員一同

*右の写真は、筆を持たせたら当館随一、
  望 越人(ボウ エツジン)の書です。

*図書館は、5日(金)から開館しています。
 8日(月)は、休館です。
仲町つれづれNO.4 2006年12月27日(水)
2006年を顧みる
この季節、新聞やテレビ等の各メディアでは、
様々な「今年の10大ニュース」が取り上げられています。
当館の、今年の主な出来事を振り返ってみました。

4月 新館長が就任 佐倉市民音楽ホールからの異動
6月 図書館職員が選定し作成した、
    「小学生向け読み物パック」の団体貸出を開始
6月 「移動図書館にドイツがやってきた」を実施
7月 小中学生向けの調べ学習用資料「佐倉学パック」を
    作成、団体貸出を開始
7月 小中学生向け「佐倉学推薦図書リスト」を発行
9月 佐倉市立図書館30周年記念イベントとして、
    NHKBS「週刊ブックレビュー」の公開録画を実施
11月 佐倉市・子ども読書活動推進のための交流会を開催
12月 新システムに移行して1周年を迎える
(注:毎年継続して実施している事業は、除きました。)

*番外編 「落雷による停電 事務用パソコンの故障」
       「漏電」「大雨による雨漏」「空調機の故障」等など。
30周年を記念して作成したロゴ
鎌倉在住の堀内寿一郎氏のデザインです
佐倉市に図書館が開館して30年、現在の当館の建物は、旧郵便局の建物を改装したもので、
築50年余ということもあり、施設のメンテナンスに奔走した1年でもありました。

2007年は、どんなことが起こるでしょうか。どんなことが出来るでしょうか。
いつものことながら「市民の役に立つ」図書館でありたいと思います。
どうか、よいお年をお迎えください。
仲町つれづれNO.3 2006年12月24日(日)
冬休みわくわくおはなし会
22日(金)午後2時から、佐倉図書館2階でおはなし会が行われました。
今回のプログラム(PDF形式:33KBは、前半がクリスマス、後半が年末年始
の内容で、絵本あり、すばなしあり、手遊びありの約40分間、季節に合った、
しっとりと充実した時間を過ごすことができました。
おはなし会終了後、折り紙を使って簡単な工作遊びをしました。
折ったり切ったりはったり、みんなでやるとさらに楽しく、
また、あっという間に、カラフルなモミの木の飾りが完成しました!

参加した皆さん、お手伝いいただいたボランティアスタッフの皆さん、
本当にありがとうございました。そして、メリークリスマス!!
仲町つれづれNO.2 2006年12月23日(土)
仲町断章 (NO.1より続き)
佐倉図書館の建物の入り口、赤いポストの隣に立つ「仲町」と書かれた黒い碑は、昭和59年に市制
30年記念事業として、佐倉新町を中心に11町内に建てられた、いわば現代版の道標です。
城下町としての由緒ある地名の保存と、まちのイメージ・アップを図るために建てられました。
当館の館長が、まだ若かりし頃に手がけた仕事のひとつでもあります。
この道標は、高さ160センチ縦横各21センチの黒御影石で、この上に野鳥のブロンズ像を配して
あります。野鳥の種類は、各町内ごとに募集して決められました。ここ仲町には、ウグイスが留まって
いました。しかしながら、なぜか過去に2回もどこかに飛んでいってしまい、悲しいかな、現在も戻って
きていません。(残念ながら、下の写真にも写っていません。)

さて、この「仲町」という文字は、当時木更津市在住の千代倉桜舟先生(1912-1999・12・2)に揮毫して
いただいたものです。桜舟先生は40メートルにも及ぶ大きな長い紙の上に「いろは」を書いたりした、
スケールの大きいエネルギッシュな作家でした。アメリカの大学で講義をしたり、書の普及と現代の
詩歌表現で大きな足跡をの遺されました。1990年には毎日芸術賞を受賞されました。

ちなみに道標は、この新町の通りでは市立美術館前〈二番町〉、千葉銀行前〈上町〉などにもあります。
改めて見直してみてください。

*ちょうどこの年の1月19日は積雪25センチの大雪で、生活面でも大混乱だったようです。
 1月の大雪としては、昭和29年1月23日以来、29年ぶりの記録でした。
 (『広報さくら』59・2・15号の記事より)
 また、翌日の1月20日午前7時には、-12.7℃を観測しています。これは、この地域の今までの
 最低気温の記録ではないか、と思います。ちなみに、この日の最高気温は、15時の1.7℃で、
 平均気温は-5.3℃、日照時間は7.7時間でした。

*広報さくらのバックナンバーをご覧になりたい方は、佐倉図書館カウンターにお申し出ください。
仲町つれづれNO.1 2006年12月21日(木)
新町なのに、なぜ仲町!?

佐倉市の図書館施設の中で一番古くからある、新町の佐倉図書館。昔流に言えば、佐倉市大字新町字仲町189番地にあります。
この地には、奈良屋呉服店全盛の頃、番頭たちの住宅が何棟かあり、明治42年に奈良屋が千葉に進出(奈良屋百貨店・セントラルプラザの前身)してからは、空き地となりました。戦時中は、青物市場としても活用されていた、とも伝えられています。
現在の建物は、昭和31年5月1日に開局した佐倉郵便局の建物です。ゆうに築50年、図書館としては、昭和57年から24年経過しています。まさに、歴史的建物ということになります。

*右の写真は、当館の正面入り口前の謎の黒い碑と、いまやあまり見かけなくなりましたが、懐かしい旧型の赤く丸ポストです。

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